ジョン・コルトレーン!

わんばんこ。かもめ食堂膝行族 ハラダです。 今年はジャズとクラシック。 その中でもこの方々... ジョン・コルトレーンとソニー・ロリンズ。 そして、マーラーを聴きこもうと思うとります。 ということで、挨拶がてら。 世界で一番聴かれているジャズアルバム。 「カインド・オブ・ブルー」から ” ソー・ファット ” 1959年の動画。 バンドリーダーのマイルス・デイヴィス(トランペット)に 白羽の矢を立てられたジョン・コルトレーン(テナー・サックス)。 このバンドへの参加を機に、スターダムを駆け上がるコルトレーン。 [youtube]http://www.youtube.com/watch?v=x9A2bPzLHnU[/youtube] そして、一転。1965年の動画。 バンドリーダーとなったコルトレーン。 新たなジャズの形を追求。 リラックスした1959年の吹き方とは別。 賛否両論わかれるスタイルに。 目をぎゅっとつぶって、無心に吹き続けるコルトレーン。 音も整ってなく、いびつに感じます。 [youtube]http://www.youtube.com/watch?v=1kPXw6YaCEY[/youtube] いかがですか。 1959年と1965年。たった6年。 こうも演奏スタイルが変わってしまうのです。 これがコルトレーンのスゴさ(と魅力)、のようです。 実際に、この1965年のライブではあまりの騒々しさに 席をたつ観客も多数いたそうです。 新たなコルトレーンを聴きに来たわけでなかったのですね。 すでに名声を確立したコルトレーンを聴きに来ていたわけです。 ジョン・コルトレーンの歴史を追った 「ジョン・コルトレーン わたしは聖者になりたい」によると... ジャズ雑誌にコルトレーン評を寄せたライターとコルトレーンの会話。 コルトレーンのライブを聴いていたライター。 コルトレーンの演奏に驚いて...以下、本文を引用。 -- 「ジョン・コルトレーン 私は聖者になりたい」 ベン・ラトリフ (著), 川嶋文丸 (翻訳) スペースシャワーネットワーク (2008/9/2) -- P.290 「この音楽でなにをやろうとしているんだい?」 「ただ吐き出そうとしているだけだよ」と、 両手を胸から外に掻き出すような仕草をしながら彼は言った。 「でも、いったいこれは何?」とステージを指して わたしは尋ねた。 「よく分からないけど、まだいろんなことが 音楽にしっくり合ってないんだ」と彼は答えた。 「リズムにもっと入り込もうと思っている。 このやり方だと、その方向にいけると思うんだよ」。 次のセットでわたしはそれを聴いた。それを体験した。 ジョンが言ったことを聴き取ったというよりも、 音楽とまともに向かい合うことができた... なぜわたしは不快になったのだろう、 なぜ逃げ出そうなどと思ったのだろう... -- こういうやりとりを知ると、 1965年の動画の見方も変わってきます。 受取とり方がいろいろあって、 それを拡げていくことも大切かもしれませんね。 Jazz談義になると、我が春風には大御所がいらっしゃるので お越しになることを祈っていましょう(笑) ついでにあと2点。このコルトレーンの本で面白かった記述を。 P.310 物事の始まりや終わりには、瞑想、自然な呼吸やフレーズなどが伴うべきだという考えがある。瞑想を実践していたアレン・ギンズバーグ(注:朗読も積極的に行っていた米国詩人)は1950年代にそれについて語っている。同じく瞑想を行っていたコルトレーンは、1960年から61年にかけて、聴衆の前で一曲30分もかけて演奏することによって、その考えに正当性を与えた。 -- P.362 ジャズは、何をするかたいうことよりも、何ができるかということによって発展する芸術である。そこには、いまはここまでだが、一分後にはこうなる、一時間後にはこうなるという可能性がある。 --