つきぬける瞬間

こんばんは。今日はやたらと腕が痛かったです。なんでかな...張り子さんに稽古でぶん投げてもらったからかなとも思ったのですが、なんのことはない、忘年会夜の部のけんすい大会で大人げなく張りきったツケがきている かもめ食堂膝行族 ハラダ でも、6コブラクダ9人乗り(仮)さんに勝てて満足です(大人げない、笑) さて、ぼくは忘年会昼の部に出られませんでした。 なので、自己紹介がわりに ぼくと合気道の出会いについて書いてみます。 ぼくは合気道をはじめたのが昨年2010年の春。 でも、合気道は2005年からやりたいなぁと思っていました。 このきっかけを作ってくれたのはある一冊の本。 それは「達人のサイエンス」という "ひとが成長する過程を考察した" 本 でした。 ひとの成長は、  きれいな右上がりの上昇カーブを描くのでなく、  淡々とした日々がつづき、  あるとき、ピョコっと成長する。  そして、また淡々とした日々が続く... ある意味、面白くないともなんともない 考察を提供してくれています。 合気道は試合もないですから、 クライマックスがない武道ですよね。 でも、この著者こそが実はアメリカの合気道家なので、 どこに楽しみを見出すか、という記述に対して とても大きな気付きを与えてくれます。 大人であれば合気道に対して楽しみを見出すことはできると思います。 一方、春風中学生のみんなにとってはなかなか難しいかもしれません。 みんなだいたい入門3カ月目だから 目に見えるなにかを求めるかもしれない... つきぬける瞬間がくるかもしれないし... こないかもしれない... でも、淡々と日々を過ごし、 どこかでピョコっと成長するような瞬間を味わってもらう。 このお手伝いができれば、 うれしいなとひそかに思っています。 各々歩くペースはちがうのだから、 どうぞ自分のペースで稽古していきましょう。 この「達人のサイエンス」という本は、 静けさの中に動きがあるような雰囲気が感じられて(没頭感)、 当時、落ち着きもなにもなかったぼくにはかなりのインパクトがありました。 もし興味がある方はご一読をどうぞ。 お声掛けいただければ貸し出しもしますよー 読み方はいろいろ個々人によって異なると思います。 以下、静けさの中の動きや没頭感に響いた個所を引用します。 P.45 ジョージ レナード 「達人のサイエンス」 日本教文社 (1994) 注:プラトー。学習高原(平らな地帯)。学習が伸び悩んでいる時期で、学習曲線が水平になっている状態。
プラトーというなかなか成果が見えない長い努力の時期を価値あることとして認め、楽しく生活し、しかもそれが好きになれるような教育が、家庭や学校や職場など、どこで行われているだろうか。
私の場合には中年になって幸運にも合気道に出会った。合気道の稽古はきわめて厳しく、応急処置的な方法は許されていないため、シンプルで安定したプラトーに出会うことになった。
P.47 - 48  ジョージ レナード 「達人のサイエンス」 日本教文社 (1994)
部屋に入るときに一礼し、フロントの棚から自分の会員カードを抜き、更衣室で道着に着替える。同じことの繰り返しでありながら、それでいていつも新鮮さを覚えるこの儀式のすべてと、自分を落ち着かせてくれる汗の匂い(膝行族 注:多分、原著は道着の素材のにおいを指してると思われる、笑)や静かな会話とが、私は大好きだった。更衣室を出た後、先に来てウォーミングアップを始めている仲間を見るのも楽しみだ。畳にあがって再び一礼をし、足の裏で堅く冷たい畳の感触を味わい、修行者たちが日本式の瞑想の姿勢で正座している長い列に並ぶのも大好きだった。
先生が入って来て儀礼の一礼をし、ウォーミングアップの指導を始めると、私の心臓は高鳴った。稽古のスピードとパワーが増していくと呼吸も速くなるが、その時の気分がまたひじょうに楽しかった。
などなど挙げればきりがないのです... 四方投げを2時間淡々と続ける文章など、 ぼくにとってはこの没頭感がたまらないのです。 没頭できる瞬間っていいっすよね。 なんども同じ記述になりますが、 皿洗いもぼくにとっては没頭できる瞬間(禅タイム)です。 でも強制皿洗いはノーサンキューです。 そこんとこよろぴく、みなさん(^_^)/ 追記 この「達人のサイエンス」という本を知ったきっかけは、 トム・ピーターズという経営コンサルタントの大御所から。 ぼくも元気をもらうパワフルおっさんです(笑)
達人のサイエンス―真の自己成長のために
ジョージ レナード
日本教文社
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