お雑煮のようなご挨拶

かもめ食堂膝行族 ハラダです。 本年もどうぞよろしくお願いします! さて、お雑煮のような混ぜ合わさった長いご挨拶となってしまいますけれど、いろいろ重なったのでつらつらとご挨拶を述べさせていただきます。 今年のぼくの稽古のテーマは、 「指先まで心を配って、   しっかり腕を取りに行き、      たくさん受けをとる。」       です。 稽古に参加できる時間は限られているので、一期一会の心持ちで。 そして、感・思・考、プラス行で学んだことをグルグルと心身ともに何回もめぐらせていきます。 と、このようなご挨拶を書く気持ちになったのも、最近ずっと聴いているジャズピアニスト、上原ひろみさんの「haze」のおかげ。 [youtube]http://www.youtube.com/watch?v=CVdPvjhA5-k[/youtube] 2011年末、日本テレビの番組アナザースカイに出演されていた上原さんの演奏をみて以来、この曲は大好きです。淡々と重なる静けさ。でもジワジワくる飛翔感。なんだか合気道の稽古をしているときの気持ちと似ています。そしてこの番組内で、上原さんがラーメンをたべるシーンがあったのですが、上原さん、ラーメンを一気にたべてしまいます。曰く、「ラーメンは作り手の気持ちが入ったライブ。一期一会なんです。」のようなことをおっしゃってました。 hazeを聴いていてこのようなことを思ったので、この投稿をしてみました。 でも、あと2つ書きます。お付き合いください(笑) 昨年末・稽古はじめと春清寺で迎えられるのはありがたいことだと思います。 上原さんの曲「haze」の単語は、霧とかモヤとかの意味するようです。 一転関係ないようですが、「気・氣」という字の作りについて(「禅と東洋医学」より)。 「气」は水蒸気や雲を意味するそうです。 「乂」は火を意味するそうです。 「米」は記述されていなかった気がするのですが、米でしょうか。 中国では「気」が集まって "雲"ができると考えられていたそうです。 農耕民族にとっては気候が大切だったゆえ、とのこと。 おまたせしました(!?) ここで、つながりが。 禅宗には"雲"がよくつかわれますね(お寺・僧侶名とか)。 ここに春清寺と合気道のつながりを感じます。。。 そして昨年末、ゲストで岩手から曹洞宗僧侶の方がいらっしゃったおり、師範とゲストとの会話で「雲のように」との言葉がでていました。そこで "雲" という言葉がひっかかっていたのですが、自分の中でつながりがみえたのでした。 雲のように風のように。 そしてそろそろ春の風の季節ですね。 haze(霧・モヤ)を聴いていて、「気」のゆえんを思い出したので、記述まで。 それとあとひとつ。 「挨拶」について。 昨年末の「武道の"武"の由来」の続きです。 先述、東洋思想家 安岡正篤さんによると... 挨拶は、「物がぶつかる、すれあう」という文字で、物事がぴったりすることをいうそうです。相手の思っていることに、ぴたりと的中するような言葉がでなければならない。 とのことでした。 これに続き、白川静氏の字統によると... 挨=背を撃つなり 拶=せまる・おす 禅宗が用いる意味では、衆をおしのけて前に進み出ること、を意味するそうです。 と、この2つの意味をもって春風ブログで新年のご挨拶を書こうと練っていたのですが、年末(実は一昨日前)の大掃除で、ある一冊の本をパラパラめくったらそこにも「挨拶」の意味が... 奈良薬師寺、大谷徹奘(てつじょう)さんの書、"「愛情説法」走る!" より... 挨拶(あいさつ)には3つの意味がある。 1.礼儀の"礼"。この一文字をあいさつと読むそうです。礼のもとは禮。示=神様(天)、豊=実り、から成り、豊かに実った農作物を神様にお供えするという意味。これがあいさつ。あいさつとは神様へ、ひいては目に見えぬおかげさま(ご縁ともいうのでしょうか)に感謝すること。 2.一転、目に見えるものへの挨拶。一挨一拶(いちあいいっさつ)、せまる・せめるの意味。仏教の世界で問答することを表現。つまり、お互いが「目的を一致させて磨きあう」ということ。 3.大谷さんの師匠からの教えで、「節(ふし)」の意味。竹には節があり、上下がくぎられる。ゆえに「くぎる」とも読む。それは自分自身に「くぎり」を持つことを意味する。ある定められた時空間のなかの立場を精一杯生き切るということ。それぞれが各々の立場に応じて、その出会いの空間と時間を生き切る。これが「節」であり、双方の「挨拶」。 年末年始にぼやっと感じていたことを、パラパラめくった大谷さんのページにまとめていただいた感じがするので、まとめて記載しました。 さて、まさしくお雑煮な挨拶になりましたが、ご縁をいただいた皆様方、そしてこれからご縁をいただく方、みなみなさま本年もどうぞよろしくお願いいたします。 付記。 失礼ながらお坊さんの説法は、法事の時に少し拝聴するぐらいでしたが、2008年企業セミナーのひとつのプログラムでたまたま大谷氏の説法を聴き、お坊さんの説法もいいなと痛感しました。それもあって、春風の前身、春清寺合気道道場の門をたたかせていただいた要素もあると思います。つながりは思い返せば見つかるものかもしれませんが(ぼくが上原ひろみさんと同じ誕生日とか、笑)、おもいめぐらすのもいいなぁと思う本稿でした。