合気道とは
合気道は、開祖植芝盛平翁によって創始された武道です。
開祖逝去後、故植芝吉祥丸が道主を継承し、現在は、植芝守央が道主を受け継いでおります。
合気道は、開祖植芝盛平翁(1883~1969 )が日本伝統の武術の奥義を究め、さらに厳しい精神的修行を経て創始した現代武道です。
合気道は相手といたずらに強弱を競いません。入身と転換の体捌きと呼吸力から生まれる技によって、お互いに切磋琢磨し合って稽古を積み重ね、心身の錬成を図るのを目的としています。
また、合気道は他人と優劣を競うことをしないため、試合や競技を行ないません。稽古を積み重ねていく中でお互いを尊重し、和合の心を学ぶことが出来る武道と言えるでしょう。
合気道の特色
合気道は、お互いの習熟度にあわせて技を繰り返し稽古し、心身の練成を図ることを目的としていますので、老若男女幅広い年齢層の方に稽古していただけます。
また、合気道の道場には年令、性別、職業、国籍を問わず多くの人々が集まり、共に稽古で汗を流すことで国際交流を行い、人間理解を深めるためには最適の場と言えましょう。
合気道の稽古に終わりはありません。稽古をはじめたら根気よく続けることです。稽古を続けることが第一歩であり、合気道の上達は稽古の継続によってのみ体得できるものです。
基本を大切に、常に向上心を忘れずに稽古を積み重ねていくことが合気道の大切な一面でもあるのです。
世界に広がる合気道
合気道は、世界的広がりを見せています。合気道の海外普及は1950 年代から始まり、現在(2018)、世界国々の約7割、約140ヶ国に組織・団体があります。
この海外普及の結果、(公財)合気会の登録団体によって組織された国際合気道連盟(IAF)が1976 年に結成され、国際大会と総会が四年ごとに開催されています。
また国際合気道連盟は、1984 年に世界的スポーツ組織であるスポーツアコード(旧称、GAISF)の会員となりました。
近年、海外普及の活動において(公財)合気会の指導者派遣や合気道本部道場の活動と共に、各国の合気道組織・団体による積極的なセミナーや交流活動、
国際交流基金による指導者派遣、国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊、シニア海外ボランテイアによる指導者派遣なども活発になっております。
植芝 盛平 (うえしば もりへい)
1883~1969
明治16年(1883) |
12月14日、和歌山県西牟婁郡西ノ谷村(現在の和歌山県田辺市上の山)に植芝與六の長男として出生。 |
明治41年(1908) |
坪井政之輔氏より後藤派柳生流柔術の免許を受ける。 |
明治44年(1911) |
志あって政府募集の北海道開拓民に応募、明治45年(1912)団長として北海道紋別郡白滝原野に54戸の同志を引きつれて移住、土地の開拓に着手する。ここで大東流柔術の武田惣角氏に会い教えを受ける |
大正07年(1918) |
押されて上湧別村村会議員に当選。 |
大正08年(1919) |
父危篤のため故郷に帰る。途中京都綾部町に立ち寄り初めて大本教の出口王仁三郎師に会い心を開かれる。大正9年(1920)父逝去後一家京都綾部に移住し、修行道場植芝塾を開設する。 |
大正末年(1926) |
武道の新境地を開く。本格的に「合気の道」と呼称する |
昭和02年(1927) |
一家上げて上京、海軍大学校はじめ各所で指導する。 |
昭和06年(1931) |
現在の東京都新宿区若松町に合気道専門道場を建設する。 |
昭和15年(1940) |
公益法人として財団の許可を得る。 |
昭和18年(1943) |
茨城県岩間町に合気神社建立。野外道場で修練を重ねる。 |
昭和30年(1955) |
国内はもとより海外においても合気道の普及発展に力を尽くす。 |
昭和35年(1960) |
合気道創始の功績を以って紫綬褒章を賜わる。 |
昭和39年(1964) |
勲四等旭日小綬章を受章。 |
昭和44年(1969) |
4月26日逝去(86才)。生前の合気道創始の功績とその普及の功により勲三等瑞宝章を賜わる。正五位叙位。 |
植芝 吉祥丸 (うえしば きっしょうまる)
1921~1999
大正10年(1921) |
6月27日、合気道開祖植芝盛平の三男として出生。 |
昭和21年(1946) |
早稲田大学政治経済学部を卒業。 |
昭和23年(1948) |
合気道本部道場の道場長に就任。 |
昭和24年(1949) |
合気道本部道場の規則的な日常稽古を開始。 |
昭和36年(1961) |
全国学生合気道連盟会長に就任。 |
昭和42年(1967) |
財団法人合気会理事長に就任。 |
昭和44年(1969) |
開祖逝去により合気道二代道主を継承。 |
昭和51年(1976) |
国際合気道連盟会長に就任。 |
昭和61年(1986) |
合気道普及発展の功により藍綬褒章を賜わる。 |
平成2年(1990) |
日仏文化の交流に寄与した功績でフランス国政府より、日本人としては初めてスポーツ功労賞金メダルを受賞。 |
平成4年(1992) |
スペイン国のバレンシア工科大学より名誉博士号の称号を授与される。 |
平成6年(1994) |
財団法人日本武道館開館30周年記念式典に於いて、同館の武道普及事業に尽力した功績に対し、感謝状を贈られる。 |
平成7年(1995) |
勲三等瑞宝章を受章。 |
平成11年(1999) |
1月4日逝去。日本国政府より正五位叙位。財団法人日本武道館理事その他多くの要職を務めた。 |
植芝 守央 (うえしば もりてる)
1951~
昭和26年(1951) |
4月2日、合気道二代道主植芝吉祥丸の次男として出生。 |
昭和51年(1976) |
明治学院大学経済学部を卒業。 |
昭和60年(1985) |
財団法人合気会専務理事に就任。 |
平成08年(1996) |
財団法人合気会理事長に就任。 |
平成11年(1999) |
二代道主逝去により合気道道主を継承。国際合気道連盟会長に就任。全国学生合気道連盟会長に就任。 |
平成16年(2004) |
東北大学の特別講師に就任。(2016年退任) |
平成18年(2006) |
ブラジル国のアンシェッタ勲章を受章。 国際武道大学の名誉客員教授に就任。 |
平成21年(2009) |
ロシア大統領友好勲章を受章。 |
平成22年(2010) |
皇學館大學の特別招聘教授に就任。(2017年退任) |
平成24年(2012) |
公益財団法人移行に伴い公益財団法人合気会理事長に就任。 スペインのバレンシア大学の金メダルを受章。 |
平成25年(2013) |
合気道普及発展の功により藍綬褒章を賜わる。 |
公益財団法人日本武道館理事、国際武道大学評議員、その他多くの要職を務める。 |
資料提供:公益財団法人合気会